ヘヴィ・ステレオ「Cartoon Moon」— パワー・ポップの魔術師#15


"Cartoon Moon" Heavy Stereo
「カートゥーン・ムーン」 ヘヴィ・ステレオ


時に1995年、オエイシスの大味でグルーヴなき「名曲」ロックの数々がブリテンを覆いつくすかに見えた時期、2つのいかれたサウンド/グルーヴ中毒バンドがいきなりぶっ飛びの狼煙を上げた。大時代なブルーズ・ロックに緻密なファンク・グルーヴを鮮やかに仕込んだリーフの「Good Feeling」、一見アホかと思わせるグラム・ロック・ブギーをブズブズのファズ・サウンドでぶちかますヘヴィ・ステレオの「Sleep Freak」は、異様におとなしくあっぷあっぷしたオエイシスのリズム隊に退屈していた一部のロック・グルーヴ渉猟家たちの耳目を一発で集めるに充分で、ザ・ストーン・ローズィズが開けて放ったらかした扉から荒ぶるはぐれ天才たちがようやく遅ればせに飛び出してきた感があった。



翌'96年のデビュー・アルバム『デジャ・ヴードゥー』で、ヘヴィ・ステレオは意外なくらいのヴァラエティを見せる器用さと確かで古典的な作曲術とサウンド・フリークっぷりを見せつける。ある種キッチュな脇道ポップ文化趣味をシャレでかマジでかのぞかせる1曲目「Chinese Burn」で威勢よくハッタリを利かせた後、長々と引き伸ばされるフィードバック音の中から、奇っ怪なまでのオプティミズムがサウンド全体・曲全体から薫る「Cartoon Moon」がのっそりニッコリ立ち上がる。



なんだか微笑ましくなるくらいに懐かしく可愛らしいコテコテのギター・リフがイントロから分厚くウォームに鳴り響き、お気に入りのふかふかカウチに身を沈めるような巨大なリラックス幸福感が初っ端から抗い難く押し寄せる。ヘンドリクス流のカズーかマウス・ワウか、ハモりのリフが天上的な多幸感を増幅させる。そこではオーヴァードライヴ/フィードバックはもはや暴力性のアナロジーではなく、聴く者の頬はゆるみっ放しとなる。
パワー・ポップの名手たちに多く見られるどこか舌足らずで口角のゆるんだようなヴォーカルが、背伸びした幼児のはったり啖呵のように響けば、大波のようなギターのオブリガートがサポートするように掬い上げる。まったくもって新味のない筈の、どこかで何度も耳にしたようなコードとメロディーが、ロックンロールの最新型のように不可思議なアップデートを受けている。
ごくごくフツーなブリッジから、これでもかと限界まで伸ばされた粘っこいフィードバック音の粒子が蝶の鱗粉か漫画の星のように撒き散らされるジェット・エフェクトのブレイクを経てコーラスへと至る。われわれはもう、この先祖帰りの勘違いヤロウどものクソ古臭いブーギー・バラッドを「アホか」の一言で片付けられなくなっている。あり得ないくらいに疑念のない無邪気なロックンロールへの信頼と音を鳴らす歓びが、笑っちゃうようなパワーとポップを産んでいる。



歌詞に目を移せば、「おいおい、そんだけかよ」と言いたくなるような抽象的ショート・ストーリー、もしくは心象シーンがあるだけであり、にもかかわらずわれわれは、その2人のハッピー・エンディングを祈らずにはいられない。アニメのそれのような月が2人を、あるいは彼を照らす時、現実の脅威は無力化し夢のパワーは無限であるのだろう。



その後の数奇な巡り合わせがリーダー:ゲム・アーチャーをオエイシスに加入させ、ヘヴィ・ステレオのヘヴィでファットでハッピーなサウンドは1枚きりのアルバムで幕を閉じる。ぶいんぶいんなリード・ギターをぶちかましていたピート・ダウニングはアメリカ人俳優のバンドでもギターを弾くことになるが、漫画の月が彼を優しく照らすことを祈るのは過剰な期待であるだろう。パワー・ポップの奇跡の蜜月は、往々にしてかくも短い。






にほんブログ村 音楽ブログ 洋楽へ  
にほんブログ村




 プライバシー ポリシー

プロファイル
eakum の音楽レヴュー
Author:eakum
スポンサード リンク






アーカイヴ

全過去記事のタイトル一覧