エコー&ザ・バニーメン「Crocodiles」 — ロックンロールの奇術師#5


“Crocodiles” Echo & The Bunnymen
「クロコダイルズ」 エコー&ザ・バニーメン


エコー&ザ・バニーメンは、ザ・キュアと並んでゴシックだとかプロト・シューゲイザーだとかの文脈で捉えられがちなバンドだが、実はロックンロール・フィールに溢れ楽曲構成力も豊かな、優秀なロック・バンドである。よく取り沙汰される(そしてもちろん間違ってはいない)サイケデリック云々は、主にギターのプレイとエフェクト、そしてそれらを素材としたスタジオ・テクに因るもので、演奏と楽曲構成は実直かつ入念緻密なものである。耽美、メランコリー、諦念、不安、呪詛がその多くの良曲のコアなムードとなっているのも事実だが、殊にファースト・アルバム『クロコダイルズ』がポスト・パンクのまだごく初期にあって大きな支持を集めたのは、それが紛いもなく、怒りと異議申し立てと疾走感のアートであるロックの同時代的先端表現であったからであり、なんとなくアーティスティックでインテリジェントな趣味的ニッチであったからではけっしてない。ロックとロックンロールを愛好する人は躊躇なくこのアルバムに手を出していい。



新人バンドのファースト・アルバムとしては異例なくらいに粒ぞろいの楽曲群で持ち味を存分に披露してのA面ラストの5曲めに、焦燥感と疾走感とパワーが遠慮なく炸裂するダーク・ロックンロールの傑作「Crocodiles」が待ち構えている。軽くファンキーにドライヴするベースとストレートでタイトなドラムを土台に、引き攣れるようなカッティングのギターと次第に激昂してゆくヴォーカルと歌詞が説明不能の切迫感を生む。何を雑誌で読んだのか、何が音を立て取り囲んできそうだというのか、まったくもって語られないながら、それはおそらく「クロコダイルの涙」に関わっていよう。けたたましく過ぎ去る2コーラスの後、異様な確信に満ちた「I know you know」、キンキンキンキンと神経を削るような上昇コードと悲鳴。アップ・テンポのロックンロール・チューンのわずか1分強が ’80年代英国ゴシックの扱うべき領域を既に予告し果せてしまっている。サード・コーラスでは打って変わってなぜか満面の笑みの主人公は、クロコダイルを得たのだと言う。英国ロックのカッティング/ストローク美学の満漢全席が続き、明日「それ」をやるつもりと不穏な台詞とともに怒涛のエンディング。ダウナーでネガティヴな心理状態を素材に途轍もなくかっこいいロックンロールの異様な凱歌ができあがっている。



ザ・ドアーズやザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを引き合いにエコー&ザ・バニーメンが語られることが多いのを、私は少しく、どころか大いに残念に思う。精神的土壌やステージ・ペルソナはどうあれ、バニーメンはまずロック・バンドとして、ソングライター/コンポーザー/プレイヤーのチームとして優秀であるからだ。レス・パティンソンのベースは「この手」のバンドのものとしては粘り腰ファンキーで、コード感とメロディーに富んでいる。シンプルでミニマルに見えてピート・デ・フレイタスのドラムは、激する歌やギターと阿吽の呼吸で緩急を司る。イアン・マッカロクとウィル・サージャントの「ウワモノ隊」が狂乱と静寂を自在に繰り出せるのは2人の鉄壁の土台があるからだ。そしてよく謂われる「サイケデリック」なウィルのギターは、実は余計なグシャグシャニュルニュル音とは程遠い、研ぎ澄まされて抑制の効いた決め打ち固め打ちのプレイなのだ。このアルバム及び「Crocodiles」で、多くの聴かず嫌いと追体験探求者がシャープでブリリアントでドライヴィングなニュー・ウェイヴ・ロック・バンド:エコー&ザ・バニーメンを知ってくれればいいなと思う。


  


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