拮抗する巣立ちの覇気とブルーズ — 『キープ・ムーヴィング』、少しく乱調のB面


‘Keep Moving' Madness
『キープ・ムーヴィング』 マッドネス


高らかな喝采ベースで賞賛してきた『キープ・ムーヴィング』だが、B面に関してはそう単純にはいかないのが我ながら少しく残念だ。興味のある人は改めてクレジットを確かめつつレパートリーを追ってみるといいが、A面がいわばスミス&マクファーソン主役の幕だとすると、B面はトンプソン&バーソンの出番がグッと増す幕なのだ。過去作を扱ってきたエントリ群にもアリバイがあるとおり私は、人生でも音楽キャリアでもシニアでヴェテランでありマッドネスの牽引役であったリー・トンプソンとマイク・バーソンのソングライター2人の実績と貢献を軽んじる者ではないが、脱退してゆくバーソンの音楽疲れと、グルーミーでブルーズィーでメランコリックなトンプソンの作風の自家中毒的な上げ止まりっぷりは、『キープ・ムーヴィング』というアルバムの持つ新風の香りの中にあってはいささか据わり悪しの感を否めない。いきおい尻すぼみのレヴューとなるが、捨て置けない傑作・佳曲への脚光多めにしつつ、1エントリで素早く終えておこう。



B-1. Brand New Beat
トンプソンとバーソンの曲。
ザ・ビートルズの、殊に『ラバー・ソウル』『リヴォルヴァー』中のロック/ソウル/サイケ混合のモダン・ポップ風味がどこか香るスムーズなポップ・ソウル・チューン。スミスとマクファーゾンの作風に刺激されたかのようにヴェテラン2人が力みなく放つブライトな佳曲。マッドネス伝統のベース&ドラムのエッジィなストップ&ゴー・グルーヴ、ニュアンス豊かなマクファーソンのヴォーカルに加え、小編成クラシック楽器群のサイケデリック・ポップ展開とでも言うべきビートルポップ・メソッドがマッドネスならでは、かつこのアルバムならではの濃密にも涼しいポップネスに結実している。いかにもポジティヴそうなタイトルとテクスチュアに反して、詞の内容は苦々しく重いのだが。

B-2. Victoria Gardens
スミスとバーソンの曲。
一聴してデイヴィッド&バカラックの「Wishin’ And Hopin’」を彷彿とさせられる、元ザ・ビート/ジェネラル・パブリックのデイヴ・ウェイクリング&ランキン・ロジャーの歯切れよくパワフルなバッキング・ヴォーカルが効いたコーラス部が強印象を残すパワー・ポップ・ソウル。前曲に続いてサイケデリックでファンタスティックなポップ・オーケストラル・アレンジがソウル・プロパーともロック・プロパーとも縁遠い出所不明のビートルポップ風味を生んでおり、自分の声を見いだしつつあるリード・ヴォーカリスト:チャス・スマッシュ/カール・スミスの唱法と不思議にマッチしている。

B-3. Samantha
B-4. Time For Tea
それぞれ、トンプソンとバーソン、フォアマンとトンプソンの曲。
詞/曲にトンプソンが関与した、いずれも古株のソングライターたちによるこの中間の2曲は、セカンド、サード、フォースにあってなら「十分」なレパートリーであったろうが、今や少しく物足りなく寂しくトピックに欠ける埋め草曲である、とファンである私は言わざるを得ない。

B-5. Prospects
スミスとマクファーソンの曲。
キーボード、あるいはギターを使っての作曲能力を、作詞術に負けず劣らず飛躍的に向上させたスミスとマクファーソンの力量を如実に示す、このアルバムで一、二を争い、マッドネス史上でも五指に入る泣かす大傑作。サードの『7』期のラビ・シフレのカヴァー・シングル「It Must Be Love」からの延長線上にあるスカ/レゲエ流オーケストラル・ポップ文体で、おっそろしくユニヴァーサルなシヴィア・ヒューマニズムがおっそろしく淡々と庶民日常リリシズムを以って詠われ、泣かせ、酔わす。ダイナミックさとレイド・バックが同居するマッドネス独自のレゲエ音像空間はどこか懐かしくもブリリアントに新しく、涼しく風通し良くも濃厚にヒューマンなソウルフルネスを無理なく穏やかに伝えてくる。名曲「Embarrassment」を生んだバーソンとトンプソンのシニア・チームは、スミスとマクファーソンというソングライター/チームの新星をもまた生んだのだと言える。

B-6. Give Me A Reason
トンプソンの曲。
もはやはっきりと語るまでもあるまい。けっして駄曲というわけでもなく、一貫してトンプソンらしい作風 ー ながら、『キープ・ムーヴィング』が文句なしの隅から隅までの大傑作アルバムとならなかった要因の一端がここにも見られる。マッドネスのアルバムの最後はマッドネスらしく締められてほしいものだ。



今度はまた冬、もしくは秋になろうが予告しとけば、マッドネスのいわば「ラスト」のアルバム、続く『マッド・ナット・マッド』は、この『キープ・ムーヴィング』の延長線上にあるこれまた私の大好きなアルバムだ。だが、この後マッドネスには、内的にも外的にも向かい風や不協和音がどこからともなくいつの間にか、しかし抜き難く生じてくることになる。その思いがけない、しかしながら後から俯瞰で見れば腑に落ちる悲劇的ボタンの掛けちがいは、実は既にこのアルバム期に萌芽があるのだった。


 


にほんブログ村 音楽ブログ 洋楽へ  
にほんブログ村




 プライバシー ポリシー

コメント

プロファイル
eakum の音楽レヴュー
Author:eakum
スポンサード リンク






アーカイヴ

全過去記事のタイトル一覧