マキシマム・ジョイ「Simmer Till Done」 — 未知なるトランスを夢に求めて#1


"Simmer Till Done" Maximum Joy
「スィマー・ティル・ダン」マキシマム・ジョイ


最初におことわりしておくと、このシリーズで謂う「トランス」は、広義のトランス・ミュージック;そのメインの価値が独自のトランス感にあるような類いのポップ・ミュージックを指している。たとえばアーチー・ベル&ドレルズの「Tighten Up」、たとえばスペンサー・デイヴィス・グループの「Gimme Some Lovin'」を聴く時、われわれは何よりその独自のグルーヴ/トランス感に舌鼓を打つ。それは3分で終わってもいいが7分も12分も続いてくれても構わない、発明・発見と呼んだほうが適切なくらいの必殺の唯一無二のトランス感を持っている。それはハウス/テクノのいちサブ・カテゴリとして狭く確立された例の「トランス」なんぞより遥かに普遍的でタイムレスなトランス・ミュージックである。



このシリーズ「未知なるトランスを夢に求めて」では、そうした古今の、そしてどちらかと言えばマイナーな、それでいて見過ごされ聴き逃されるには惜しい珠玉のトランス・ミュージックを紹介することをタスクとする。無くもがなの前口上となったが、本番エントリを読んでもらえばその「トランス・ミュージック」がどういうモノを指しているかも追々お判りいただけるだろう。



マキシマム・ジョイは、'81年にザ・ポップ・グループが分裂解散して生まれた3つのバンドのひとつである。もっとも商業的に成功しもっともポップに展開したのがピッグバッグ。もっとも先鋭的・求道的に、言わばプログレッシヴにジャズ/ファンクやフリー・ジャズや「現代音楽」までをも追求して高評価を得たのがリップ・リグ・アンド・パニック。そして何だかよくわからないながら当時のコンテンポラリー的な意味で程よくポップに程よくかっこよく程よくアヴァンギャルドだったのがこのマキシマム・ジョイだと言える。その「ヒット曲」やオリジナル・アルバム収録曲は、全般的に言ってまあ楽しめるものだし、80年代初頭のNWサウンドの独特かつヴァラエティに富んだ「トンガった」感触が好きな人には新鮮なトキメキさえ提供するものだろう。



だが、私にとってのマキシマム・ジョイは、小ヒットの12インチ・シングル「In The Air」のB面「Simmer Till Done」がそのすべてだと言える。7分ほどに及ぶこの曲は、小編成ロック/ジャズのバンド形式によるクラシカルでミニマルでエクスペリメンタルなトランス・チューンとして、他に比べるべきものが見当たらない必殺の忘れ難い1曲として鮮烈に記憶に残り続けている。ローランド・カークとチャールズ・ミンガスをエリック・サティとNWディスコ・バンドのドラマーがバッキングするようなプレイ構成は、フリー・ジャズとミニマル・ミュージックと80年代英国NWの驚くべきかつ自然な合体だ。ドラムとピアノの生み出す静謐なグルーヴに身をまかせていると、テーマを徐々に変成させアドリブで自由に羽ばたき出すサックスとベースによって、興奮と覚醒と瞑想がないまぜになった無類のトランス感が押し寄せてくる。それは体より頭に効くダンス・ミュージック/ヘッド・ミュージックであり、サイケデリアの静かで端正な室内楽ヴァージョンなのだ。



あの周辺のロック/ポップにはありがちなことだが、素晴らしい音源がCD化されることもMP3化されることもなく「現物」以外には入手不可能なことがある。「Simmer Till Done」のロング・ヴァージョンもその例であり、辛くも後追いコンピレーション盤にその7インチ・シングル・ヴァージョンが現れるのみとなっている。ネット時代のわれわれにこそできることがあるとすれば、言説によってその興奮と感動を後世に伝え世評を動かすことはその筆頭にあるはずである。





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