ジェリーフィッシュ「The King Is Half-Undressed」— パワー・ポップの魔術師#8


"The King Is Half-Undressed" Jellyfish
「ザ・キング・イズ・ハーフ・アンドレスト」ジェリーフィッシュ


ジェリーフィッシュというバンドは、たった2枚のアルバムによって今でもパワー・ポップ界の大物として名を挙げられるバンドとなったが、その初期、パワー・ポッパーとしての旗揚げから既に、未来の大物にして斬新なチャレンジャー、高く広く利かん坊なヴィジョンで次代のパワー・ポップ界を牽引する存在であることを前兆として十二分に示していた。



いつもいつもで恐縮だが、FEN/AFRTS(現AFN)のオルタナ/カレッジ・チャートの好番組『ジョー・ライリング(エポニマス)』は、その1st.収録曲にしてデビュー・シングルでもある「The King Is Half-Undressed」をヘヴィー・ローテイトしていて、私なんぞは当然、そのイントロ15秒でノック・アウトされたクチである。



ザ・フー型のクリーンなコード・ストロークを端正なジョージ・マーティン風のキーボードが支え、「Tomorrow Never Knows」のあのドンスタ16シャッフル・ビートがよりタメの効いた精緻かつダイナミックな確かさで入ってくる。そこまででもう、前情報がなかろうとも、'60年代ブリティッシュ・ビートを完全消化し更にプラス・アルファを加えようというマニアックかつパンキッシュな猛る若き次代の王が感じられる。

最初のヴァース、コーラスを聞き終わるころには、確かな曲作り、王道のメロディー、サイケで奔放なギターやベース、ド真剣であっても忘れないおふざけ遊び心、と既に100点満点中100点が確定されている。が!

セカンド・ヴァースに入ると余裕と過剰のコーラスが牙を剥き始め、王道にパワフルにストレートなロック性を裏切りはみ出す禍々しいまでのファンタスティック要素が — 『不思議の国のアリス』にも通じる凶暴にハッピーなファニー感までもが幅を利かせてくるのだ。

ミドル・エイトでその予兆は、手加減なしのド奔放なやりたい放題で予想を遥かに裏切る形で具現化する。クイーンが、ザ・ビーチ・ボーイズが、ウィングズのマッカートニーが、ザ・ビートルズやXTCがやりそうでたまたまやらなかったことどもがフル・スロットル、フル・ディメンションでしかも半笑いの内にコンパクトに易々と実現されている。あとはラスト・コーラスの手抜かりのない最後の1音まで、文句のひとつの付けどころもなくパワー・ポップの至福が続くのみだ。



デビュー作にはその作家のすべてがあるというのは、まさにジェリーフィッシュにこそふさわしい言葉だ。たまたまデビュー時期と文脈を同じくするファイヴ・サーティの「Abstain」にも通じることだが、「'60年代リヴァイヴァル」では到底片付けられない、60'sの王道と挑戦をパンク/NWが強化・再現した成果を、より広いルーツ探索と同時代からの影響も含めて再学習再解釈再構築した90'sパワー・ポップの代表的傑作として、この「The King Is Half-Undressed」は燦然と輝く。アルバムを聴いてさらに驚かされるのは、そこに常に半笑いのお遊び精神があることだ。



その2枚のアルバムは、傾向もプロダクション規模も大きく異なるものだが、いずれもポップ史に残る傑作であり、殊にザ・ビートルズ〜XTCのような万能・全方向性ポップのアルバム・アーティストを求める人には必聴ものなので、いつかまたアルバム・レヴューに尽力することにしよう。だが、獅子も爪で知れ、賢者には一言にて足る。この「The King Is Half-Undressed」を聴きさえすれば、ジェリーフィッシュが好きか嫌いか、必要とするか不要かは即座に分かることだろう。


   




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