レッド・クロス「Annie's Gone」— パワー・ポップの魔術師#9


"Annie's Gone" Redd Kross
「アニーズ・ゴーン」 レッド・クロス


英国パンク/NW絡みのパワー・ポップの分水嶺的アタリ年が1978年だとすれば、アメリカン・オルタナティヴでのそれは1991年であると言えよう。マシュー・スウィートの「Girlfriend」やアダム・シュミットの「My Killer」がカレッジ/モダン・ロックのラジオ局/番組を中心に野火を拡げ、パワー・ポップのいちヴァリアントでもあるニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」が全ラジオを席巻した時、既知/初見のロック愛好者の多くが「パワー・ポップ」というジャンルなきジャンルの文脈の価値を再発見/新発見し、以降しばらくのアメリカのロック界では、大小問わずのパワー・ポップの好選手たちが相応に報われる地味めな黄金期が続くことになる。



それに少しだけ先立つ'90年9月、レッド・クロスはアルバム4枚めにして初のメジャー契約を獲り、キッチュでダークでどこか笑えてクセになる、小品にして傑作なパワー・ポップ「Annie's Gone」を放った。このブログでは毎度おなじみFEN/AFRTSの『ジョー・ライリング』では、ジェリーフィッシュの「The King Is Half-Undressed」と並んでこの曲が、来たるパワー・ポップ時代のブレイクを予言するようにパワー・プレイされていた。



キッチュでキャンプでビザールな悪趣味性を多分に持つレッド・クロスの、それゆえのならではのロックンロール美徳が、この3分半のポップ・チューンにはギッチギチにてんこ盛りに詰め込まれている。不穏にカッコいいはずのイントロには同時になぜかショッキング・ブルーの「Venus」やピンクレディーあたりにまで通じる下世話でチープなひねくった快感原則も感じられ、ロックンロール/パワー・ポップの名バンドたちの定番フロア・タム抑えも緊迫感というよりはオチの爆発のためのフリのように響く。明らかに「ギター・バンド」の体裁とフォーマットを示していながらその実、ギター単体によってパワー感スピード感を出すよりは、歌モノとしてのメロディー、コーラス、ドラム・プレイ、隠し味のオルガンがスリルとカタルシスを下支えしており、随所に'60sとパンク/NWの傑作チューンのカッコよさのエッセンスを仄めかすような引用もチラつく。そこに見えるのは、カッコよさとおダサさの両方、ハイ・センスとコテコテのキッチュ感の両方を自在に使って完璧なポップを作れる異色の才能であり、ある意味端正さと趣味の良さを要求するパワー・ポップ道からはみ出す、奔放で雑食性の過剰なエナジーがうまく結実した例と言えよう。



その道の数寄者の注目を一気に集めた『サード・アイ』に続く『フェイズシフター』では、グランジ的サウンド・プロダクションを導入しつつもビートルライクなポップ・センスをより大きく開花させたレッド・クロスだったが、何が幸いし何が災いするか分からないのがパワー・ポップ道。この「Annie's Gone」並に破天荒でニヤリとさせられスリリングなパワー・ポップは生まれ損なったのだった。げに不思議にして霊妙なるパワー・ポップ力学。傑作はなかなか見つからないものなのだ。


 


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