ザ・ポウジーズ「Golden Blunders」 — パワー・ポップの魔術師#10


"Golden Blunders" The Posies
「ゴールデン・ブランダーズ」 ザ・ポウジーズ


1990年、ジェリーフィッシュの「The King Is Half-Undressed」、レッド・クロスの「Annie's Gone」と並んで、来たるべきパワー・ポップの何波めかの黄金期を予告していたカレッジ/モダン・ロック・チャートのスマッシュ・ヒットにザ・ポウジーズの「Golden Blunders」があった。おなじみFEN/AFRTS『ジョー・ライリング』でパワー・プレイされていたおかげで、日本でもその道の数寄者たちにはザ・ポウジーズの名はその頃から轟いていたのだ。



タイトルでモロにザ・ビートルズの「Golden Slumbers」のモジりを感じさせ、そのアルバム『ディア23』の共同プロデューサーはジョン・レッキーとくれば、もう生粋のビートル・ポップ・バンドの超新星登場を感じさせるわけだが、そんな前情報がなくっても「Golden Blunders」がビートル・ポップ&パワー・ポップのちょっとやそっとじゃ見つからない傑作であることはAMラジオで一聴するだけでも分かる。いきなり唄い出しのイントロの息を吸いこむ音、アコギのストロークのみのバッキングで気怠げで物憂げで優しげに唄われるヴァース。冒頭の30秒強で早くもブルジョワ・タッグの「I Don't Mind At All」やザ・ラーズの「There She Goes」並みの傑作性は約束されてるようなものだ。



さりげないシンプルさで王道のファースト・コーラスをわざとさらっと終わらせ、XTC/レッキー風味をこっそり隠し味的にセカンド・ヴァースから随所に仕込み始め、セカンド・コーラス、品良くも軽く荒ぶるミドル・エイト、サード・コーラス、そして白眉はセンスとスリルが地味かつ鋭く閃くラスト・ヴァースのいぶし銀の変奏感。良い曲、良い歌詞、良いヴォーカル/コーラス・ワークで十分聴けるのに、老獪なくらいに細部に構成に凝り、曲の快感原則を持続的に目一杯引き延ばして繰り返し繰り返し味わわせてくる。



"冷徹な真実を告げる声"系の、非人格的三人称ベースの歌詞、そしてその語り口も素晴らしく、若きマッカートニーを文学漬けにして一度思いっきり老けこませ若返らせて大学に戻した、みたいな老成した青年感は、どこかプリファブ・スプラウトのパディ・マクアルーンをも彷彿とさせる。前にも触れたがモチーフ/インスピレーション源はおそらくXTC『スカイラーキング('86年)』中の「Big Day」にあるが、どういうわけか文学青年の背伸びじみた大人ぶりが思いがけなく真実を突く、珠玉のシリアス泣かせソングとしてより成功している。



老練・老獪なくらいのレコード作りへのこだわりとフレッシュな何でも挑戦感はジョン・レッキーの好アシストを得て、アルバム『ディア23』全体を(メジャー・)デビュー・アルバムとしてはびっくりするくらいの充実感とヴァラエティ感を持った優秀作としており、パワー・ポップ・バンドというよりは、素直で真面目で王道好みでソングライティング重視の若きXTCの生まれざる双子、やんちゃ期を許されず一足飛びに大人になったアズテク・カメラ、みたいなザ・ポウジーズの素養を存分に堪能させてくれる。ドン・フレミングのそれはそれで名高く気持ちいいパキンパキン音圧でブレイク・スルーをもたらした次作『フロスティング・オン・ザ・ビーター』に耳が疲れた際には、英国的湿り気と柔らかさを帯びた『ディア23』で休ませるといい。





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