ブラインド・メロン 「Tones Of Home」 — 未知なるトランスを夢に求めて#5


"Tones Of Home" Blind Melon
「トーンズ・オヴ・ホーム」 ブラインド・メロン


私の謂う「トランス・ミュージック」は、アッパーとしてもダウナーとしても、ある特定の熱狂・興奮による昂揚方向にも静謐で澄み切った瞑想方向にも効能のある音楽を包含する用語、勝手なマイ用語である。昂揚方向なら多くが大なり小なり黒人音楽由来のものであり、瞑想方向ならヨーロピアンなミニマル・ミュージック由来である。



だがもちろん、最上級の音楽には、その背反・矛盾するはずの方向性・効力をふたつながら併せ持つものがある。このシリーズの過去のエントリで採りあげたガビ・デルガド、トーキング・ヘッズ、マキシマム・ジョイなどを見ても、それらの音楽が一概に昂揚/瞑想の2極のどちらかにだけ振れるものではないことからもそれは明らかだろう。



基本的にはルーツ・ミュージック・ベースの「アメリカン・ロック」とレッド・ツェペリンとサイケデリック・ジャム・バンドからの影響の下に成り立っていそうなブラインド・メロンというバンドを、トランス・ミュージックの視点から捉えるのを奇異に感じる人もいようが、FEN/AFRTSで初めて耳にした時から私にとってのブラインド・メロンは極上のトランス・ミュージックだった。一聴する分には、近くはジェーンズ・アディクション遠くにはレッド・ツェペリンのトラッド/サイケデリック/トランスィーな数曲を彷彿とさせる「Tones Of Home」。だが、この曲で一番に私の耳を惹いたのは、リップ・リグ・アンド・パニックのブルース・スミスを想わせる執拗に細かくも自由奔放なドラムと、これまた執拗に、かつブルー・インパルスの曲芸飛行のように絡みまくる2本のギターの徹底したインタープレイだった。



エモーショナルでフリーキーなブルーズ・ロック・ベースのハイ・トーン・ヴォーカルにリードされる「歌モノ」ロック・チューンのように聴けなくもないこの曲は、実はドラム、ベース、2本のギターが音数多くしゃかりきに生みだすグルーヴ/トランス感で9割がた成っている。4分30秒弱の間、曲のムードは小さく位相を変え続け、中盤からはヴォーカルもまたリズム楽器的かつシャーマニックなスキャットでサイケデリックな眩惑トランス空間に聴く者を引き連れていく。歌モノの範疇内では捉えきれない細部のキメどころのインストゥルメンタルなかっこよさは、ツェペリン的なハード・ロックというよりはジャズ、フュージョン、ファンク、カントリー、ブルーズの混合スープから成っており、その点からもむしろモビー・グレイプ、リップ・リグ・アンド・パニック、レッド・ホット・チリ・ペパーズ、フィッシュあたりの雑食性とバンド・グルーヴ至上主義を感じさせるのだ。



執拗く細かい、「何もそこまで」と言いたくなるような楽器プレイとそのつづれ織りは、私の謂うヘッド・ミュージックとしての聴き方をいつの間にか要求する。コチョコチョチョコマカくすぐるようなファンク・ベースの刻みの細かい2本のギターのユニゾン、カウンター、バック/リード分担。ズヌヌヌヌヌと低音域でこっそり目立たぬようにうねり歌いまくっているベース。スカタンスカタンドラタタタタタンと出所不明の16ビート・ヒップホッピン・ジャズ・ファンクとでも言うべき唯一無比の軽みグルーヴを手首も柔らかに生みだすドラム。「歌」のストーリー性にエモーショナルに乗ることなしにひとつひとつの音の鳴りへの解析の快感だけでトランスさせてくれる、ロック・チューンには珍しいタイプのヘッド・ミュージックである。



トラッドでアースィーでファンキーな、パンク/NW以降を通過したオルタナティヴなサザン・ロックとしても強力なブラインド・メロンのアルバムは、オルタナ・ファンにもクラシック・ロックのファンにも聴ける手抜かりのない充実したもので、ブリテンで言えばリーフの最初の2枚が(似てはいないながらも)思い浮かぶ。ヴォーカリスト:シャノン・フーンの夭逝にまつわる物語によって逆に喰わず嫌いとなってるような人がもしいたら、ただ音楽を聴くことだけをオススメする次第だ。



  


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