ヤング・ターク「For No One In Particular」— パワー・ポップの魔術師#13


"For No One In Particular" Young Turk
「フォー・ノー・ワン・イン・パティキュラー」 ヤング・ターク


フロリダ州マイアミを出自とする、基本的にはハード・ロック/ヘヴィ・メタル/グラム・ロックのバンドであったろうヤング・タークを、パワー・ポップの渉猟者が深く追っていく必要はない — その唯一の(メジャー・)アルバム以前を追ったとしてもまったく趣味じゃないヘンなハード・ロックを聴かされてオワリとなるのみだ。だが、このキラーな1曲「For No One In Particular」は、フツーのロック・バンドにミューズが舞い降り複合的なセレンディピティが起きた時どれほどの傑作ロックンロール/パワー・ポップ・チューンが生まれるかの得難いくらいに驚くべき証左のひとつとなっている。



ヴォーカル・スタイルからも疑いなくミック・ジャガー/ザ・ローリング・ストーンズの影響を濃厚に感じさせるこの曲だが、それ以外の大部分も、そしてそのヴォーカルもまた、パワー・ポップの王道を行き、しかも思いがけない近道・抜け道をも含んでいる。ザ・ビートルズをラズペリーズやバッドフィンガーが、ことパワー・ポップに限ってはなぜ凌駕するのかのヒントがそこには覗く。ブルーズ/リズム&ブルーズを強く意識したポップ・バンド時代のストーンズになぜ「パワー・ポップ」と呼び切れる曲が少ないか、と考えてみるのもいいだろう。



低弦単音弾きのギターとうつろに寂しげなテーマ・スキャットに続いて、ありそでなかったパワー・ポップ仕立てのジャガー流ヴォーカルがイントロの25秒で既に最高級ロックンロール・チューンを約束している。雑に見えてタメとタイトネスを自在に効かすドラムは英のパンク/NWと米のオルタナティヴの幸せな継承の系譜上にドンピシャにあり、1992年当時のカレッジ・チャートのどこで聴いても不思議はない。同時代のブラインド・メロン、スピン・ドクターズにも通底するリズミック&メロディアスにも唄を邪魔しない2ギターのバッキング/リードは、パワー・ポップの要求するある種の端正さを湛えてドライヴ感とメリハリを損なうことがない。ロックンロール/パワー・ポップの良質の種を見つけたフツーのヤロウどもが、各々最良の献身でもってこの最高の曲想を1秒の隙もない特上チューンに仕立て上げている。過不足なくエモーショナル/センティメンタルで、なおかつドライヴィングで清新なビート/メロディーの発明感と古典感、さらにはある種独特の勝利のファンファーレ感を提供するパワフルなポップ・チューン — パワー・ポップと殊に呼ぶべき楽曲の条件が高水準で満たされている。



ストーンズ/エアロスミス節というよりはポール・ウェスターバーグ節であろうもの哀しい市井のハードボイルド・ロマンティシズムに満ちた歌詞も聴き逃せない。タイトルからも充分窺えるが、「冷徹なる真実」型の大家:ポール・マッカートニーの「For No One」のアプローチ法までもが視界にあるのは間違いない。哀しくも遍在的なアメリカン・エヴリデイ・ストーリーを「特定の誰かのことってわけじゃなく、ちょうどおれやあんたのような誰かのために」と詠う、おそらくは作詞者のレット・オニールのシンガー/ソングライターとしての素質が惜しまれる。



アルバム『ノース・イースト・セカンド・アヴェニュー』は、フロリダ・ベースの'90年代ロックンロール・バンドの、さもありなんと想わせるファンク/ラテンの素養を多分に感じさせる数曲と、軽妙かつ枯れたウェスターバーグ風チューンと、エアロスミス/ガンズ&ローズィズ/ザ・ブラック・クロウズの詰め合わせで、かなり「聴かせる」ものとなっている。ジェーンズ・アディクションやセカンド時のリーフやアージ・オーヴァーキルに注目したブリティッシュ・ロック好きになら時たま思い出してはひっぱり出して聴くアイテムにはなるだろう。この1枚を残して消えていったヤング・タークだが、そのバンド文体を瞬間的にも奇跡的に決定づけていたらしきレット・オニールは、その後ラテン/キューバン・ミュージックへの傾倒を深めていったらしい。「パワー・ポップは奇跡にして水物」— われわれ渉猟者はその金言を胸にまたもや終わりなき探索の旅に出るのだ。



 


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