テレヴィジョン『マーキー・ムーン』 ー ギターが歌う、不気味に、流麗に


‘Marquee Moon’ Television 
『マーキー・ムーン』 テレヴィジョン 


ブリティッシュ・パンク/NW好きであっても、テレヴィジョンというバンドに手を出すのにちょっと抵抗を感じるという人は少なからずいよう。ファースト・アルバム『マーキー・ムーン』のジャケットの青白きインテリ芸術家然としたメンバーの姿。ヴェルレーヌから取ったというリーダー/ヴォーカル/ギタリストのトム・ヴァーレインの通り名。代表曲として常に挙がるはアルバム表題曲「Marquee Moon」。ロック史観至上主義とでも言うべきものが同調圧力的に自分を取り込もうと企ててるんじゃないかと直感的に二の足を踏むという人がいたとしても責められない。だが、さっさと言ってしまおう ー このアルバムの音楽自体に、スリルに、パンク/NW好きは必ずや虜になるだろうと。



そのよく取り沙汰されイメージされる文学臭・観念臭に反して、テレヴィジョンは何よりまず肉体派のバンドだ。ブルース・スプリングスティーンやイギー・ポップの筋肉を思い浮かべる必要はない。むしろ、まずはギター/ベースの初心者の引き攣れ不器用にしか動かない指を、ドラム初心者のどうしても一緒に動きたがってしまう手足を想像してみるといい。それらは、ある特定の音楽スタイル ー ジャズだとかロックンロールだとかファンクだとかを弾く内に、必要なノートを必要なリズムで弾き果せるのに満足な動きを憶えるだろう。だが、テレヴィジョンはそうじゃない。実はソウルの影響を多分に感じさせるテレヴィジョンの合奏グルーヴは、跳ねっ返りの下手糞どシロウト集団がどの「先輩」の言うことも聞き入れず勝手に好きなように作り上げたような奇っ怪なスリルに満ちている。



一般的な「ヴォーカル&リズム・ギター」からは程遠いトム・ヴァーレインの唄は、絞め殺されるニワトリのように素っ頓狂に調子外れに詞を吐き捨てるだけのものだが、それは彼の頭がギターのノートとリズムを取るのに占有されて歌唱に向けるリソースが乏しいからだ。後に異能を買われワン&オンリーのリード・ギター神として引く手あまたとなるリチャード・ロイドは、不当にも二番手に回りつつも「残り」を引き受け穴埋めし冴えを差し挟んでいく。やかましくわがままなツイン・ギターの身勝手な飛翔と浮遊を地味にも隙を突くように軒下で支え時に歌うフレッド・スミスのベース。時にソウル・バンドを叩きすぎでクビになったドラマー、時に暗黒舞踏のパーカッショニストのようにロック・プロパーの期待の定石を裏切り続けるビリー・フィッカのどたすたドラミング。このバンドのこの時でなければ成りようのない不思議にも納得なアンサンブルが、異形にして痛快な奇跡のロックを生んでいる。



論より証拠、聴けば分かる。10分超に及ぶ長尺の傑作「Marquee Moon」へのあまりにも多くの賞讃言説を目に耳にしておっかなびっくりのあなたをお迎えするアルバム1曲目は、拍子抜けするくらい軽やかでシンプルなロックンロール・チューンの「See No Evil」だ。ブリッジでスピード感を増さんとしゃかりきになるハイハット、ロックンロールの下手糞な、あるいは皮肉なパロディのようなコーラス、突然鮮やかに視界が開けるようなクリーン・トーンの錐揉みジェット戦闘機ギター・ソロ。不審と違和感を払拭してくれないまでも、異能のギター・バンドの爪はそれと知れる。

アルバム2曲目にして早くもテレヴィジョンの独自の魅力が全開となる「Venus」... だがもう、リードに紙面を費やしすぎたようだ。次回にまだまだたっぷりと続けよう。


  





 プライバシー ポリシー

コメント

プロファイル
eakum の音楽レヴュー
Author:eakum
スポンサード リンク






アーカイヴ

全過去記事のタイトル一覧